2005年11月27日(日)
宮城県民会館ではたちを見てきた。
2公演中2公演に入った。
1回目は1階20列、すえ○ーさんとの連番だった。通路ではなかったが、
ムラパンの隣が1席空いていたので多少は広く使うことができた。

最初はエキゾなDISCOだった。C-uteは東京でイベントをやっているので
仙台には100%来ないことは知っていたが、一応知らないふりしてサッキーTシャツ
着てたので、残念がった。

LIKE A GAMEでいつも全開になるのだが、今回はちょっと声が出づらかった。
昼のライブやっているうちに出てくるようにはなると思うけど、夜までには出るように
しないとと思った。

ごっちんは夢を見たとのことだった。夢の中で起きて鏡を見てみたら目と目の間の幅が
縮まったいたらしい。そこで驚いただけかと思ったら、夢なので都合よく手には定規を
持っていたとのことで、当然その縮まっている目と目の間の幅を計ってみたところ、
なんとその幅2cmになっていたとのことだった。
ごっちんのハロモニでの発言を聞いたり、ヤンタンでしゃべった実測値を知らないと、
いったい2cmていうのがどの程度の幅なのか、というのがつかみにくい話ではあったけど、
ごっちんはムラパンがそのことを手紙に書いたのを受けて今回のMCをやってくれた
わけだから、ムラパンだけ分かってれば問題ないよね。

今日はラストということもあるし、ごっちんコールに必ず加わるすえ○ーさんが連番という
こともあって、ムラパンも普段は加わらないごっちんコールに加わった。
普段はあつこが登場するときに「あつこー」と叫ぶことはあっても、このはたちでは
「ごっちん」とあまり叫ばなかったので、下手したらあつこの方が呼んでる回数多い
くらいだった。

夜は1階22列左サイド通路。しお○んさんとの連番だった。しお○んさんが通路側で
ムラパンが1席入ったところだったのだが、ムラパンの隣4席が空いていたので、
ムラパンとしお○んさんで2,5席分づつくらい使うことができたので、よかった。

しお○んさんのガイキチ具合に負けないようにムラパンもがんばった。
なんといってもラストだしね。

今回のシンフーな出来事はここまでツアーを無事にできてよかったとのことだった。
あつこが登場してからのMCはごっちんがはたちということで、「大人」をテーマに
MCをしてきたわけだけど、今回はその舞台裏というか、いつもあつこがライブ開始前に
今日のトークテーマを考えていくんだけど、それが毎回ドキドキだったとのことだ。
ごっちんもその日にあつこが何を話すのかまったく聞かされていないらしく、
そんなんだったらごっちんの方があつこよりよっぽどドキドキだと思うよね。
でもそうやって毎回とくに2人で打ち合わせせずにMCをやっていたのだとしたら
あの川口であつこが話した「都内、地味、フリー」は歴史に残る傑作MCだったと
いうことだよね。

来々幸福はイントロがいつもより少し長いと思ったらごっちんがパンダの着ぐるみを着て
登場してきた。曲が終わったあともしばらくステージにいたが、ムラパンはその間ずっと
「損保ジャパン」と繰り返していた。しお○んさんの斜め前にあった機材ブースの端に
ずっと動かずに座っている年配の女性には聞こえる程度の小さい声だったけど。

昼間もかなりあばれたので、相当疲れていたが、もしも終わりがあるのならからDPGOまでの
4曲は限界が来ても普段の10倍アドレナリンを出してがんばった。

あつこは文章をMSのワードで打ち込んでいた。驚き。ワードを使うってことが。
最後の文章はライブ中の出来事とか関係なく「ごっちん最高」でいいじゃん、
と思っていたのだが、ちゃんとパンダのことを書いていた。

スッピンと涙はみんなが気にしてる最後の「静寂」がうまくいかなかったね。
ムラパンはどうでもいいと思ってるのだが、ごっちんは多分そこは静かな方が気持ちいいと
思ってるだろうから最後は決めたかっただろうけどね。
すえ○ーさんも言ってたけど、初めて「はたち」を見に来た人ならあそこでごっちんに声を
かけたくなるのも無理ないからね。こればっかりはしょうがない。

アンコールでいよいよ最後のMCでごっちんも高まっているため、なかなか話が先に進まないし、
最後の「最高」も何か他の言葉はいいかな、なんて考え出すしで、新幹線までの時間が
そんなにないムラパンとしお○んさんは、必死に「マキでお願いします。」と小声で
訴え続けていたよ。

ごっちんのおかげでとってもシンフーなツアーだった。